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釧路地方裁判所 昭和30年(ワ)19号 判決 1957年4月03日

原告 石川忠一郎

被告 国

訴訟代理人 林倫正 外二名

主文

原告の請求を棄卸する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

原告は、被告は原告に対し金五百八十一万四千二百六十二円及びこれに対する昭和三十年二月八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、被告は、請求棄却の判決を求めた。

第二当事者双方の主張

原告の請求原因

一、別紙目録記載の各土地(これらを合せて以下「本件土地」という)はもと旧陸軍が計根別第四飛行場として使用していたもので、昭和二十三年頃同目録記載の各所有者(以下「訴外人等」という)がそれぞれ国から開拓地として譲受けたが、右地上には飛行機滑走路があるためこれを取除き農地として開墾する必要上右訴外人等は昭和二十七年八月二十四日各目の所有部分に存する滑走路(コンクリート及びバラスをもつて築造されている)を昭和三十年八月末日限り剥離搬出する約でそれぞれ訴外佐々木直次郊に売渡し、更に原告が佐々木から昭和二十七年八月二十九日右滑走路(そのコンクリートの総量千五百五立坪、バラスの総量二千七百三十七立坪)(以下「本件滑走路」という)を買受け、もつて動産としての本件滑走路の所有権を取得し、訴外人等からその引渡を受けた。

二、そこで原告は同年九月二日本件滑走路の剥離作業に着手したところ同月四日頃米軍飛行機が、原告において作業中の滑走路に着陸し、原告の抗議にもかかわらず同年十月二十六日には実力で原告の剥離作業を阻止し、本件土地を飛行場として使用すべく剥離個所の補修を始めたので、原告は札幌調達局等被告の関係行政機関及び米軍当局に事情を詳しく述べで米軍の使用中止方を申入れたが、同年十一月十三日に至り被告は米軍に対し、本件滑走路の存する本件土地を飛行場滑走路として使用することを承認したため、原告の右作業は続行不能に帰した。このようにして原告は米軍に実力で作業を阻止されるに至るまでの間にバラス計七、三立坪を剥離しこれを搬出したのみで、爾余の部分の所有権は、結局被告が米軍に右使用を承認したことにより不法に侵害された次第であるから、被告はこれにより原告の蒙つた損害を賠償すべき責任がある。

三、本件滑走路は土地に附着されたまゝの状態においてなお独立の動産と考えるべきものである。民法上土地及びその定着物は不動産であるが、そもそも土地の定着物とは、土地に附着するものでしかも継続的に一定の土地に附着させて使用されることがそのものの取引上の性質と認められるものと解すべきところ、本件滑走路は、旧陸軍解体後は本件土地を農地として開墾する上に障害となるところからこれを剥離する必要があつたのであり、しかも右剥離は容易に行うことができ、バラス、コンクリートは直ちに他に転用しうる取引価値の高い商品であるから、旧陸軍解体後は、本件滑走路はもはや土地に附着させて使用されることがそのものの取引上の性質とは考えられなくなつたものであり、即ち土地の定着物たる性質を失い、独立の動産となつたのである。なお、仮に本件滑走路が、土地の定着物にすぎず独立の動産でないため独立して所有権の客体たり得ず、従つて、訴外佐々木は訴外人等に対し本件滑走路を剥離搬出し得る債権を取得したにすぎず、原告において佐々木から譲受けたのは右債権であるにすぎないとしても右債権譲渡については債務者たる訴外人等から口頭の承諾を得ておりこれを前記のように被告から不法に侵害された次第であるから、予備的に債権侵害を理由に損害の賠償を求める。

四、原告は同年九月十日セメント、バラス等の販売を業とする訴外山本商事株式会杜に対し、本件滑走路を剥離して得られるコンクリート及びバラス全部を、代金は一立坪につきコンクリート三千円、バラス四千円、引渡場所西春別駅土場の約で売渡したが、前記のとおり原告はバラス七、二立坪を剥離搬出し得ただけで、その余の部分については右契約の目的を遂げることができなかつたため、原告は金五百八十一万四千二百六十二円の得べかりし利益を失つた。即ち、コンクリートにつき、本件滑走路中コンクリートの総量千五百五立坪のうち、その二十%を剥離採掘が技術上不能の部分とみなし、結局剥離採掘の可能な千二百四立坪に単価三千円を乗じて得られる訴外会社から受けるべき代金三百六十一万二千円から、酉春別駅土場までの出荷工事費二百四十万八千円を差引いた利益金百二十万四千円に、原告が北海道登録土建業者なるによる工事利益金四十万九百三十二円を加えた金百六十万四千九百三十二円、バラスにつき、本件滑走路中バラスの総量二千七百三十七立坪のうち、その二十%を剥離採掘が技術上不能の部分とみなし、結局剥離採掘の可能なものから、既に剥離搬出した前記七、二立坪を控除した二千百八十一立坪に単価四千円を乗じて得られる訴外会社から受けるべき代金八百七十二万四千円から、西春別駅土場までの出荷工事費五百四十一万七千六百四円を差引いた利益金三百三十万六千三百九十六円に、原告が登録士建業者なるによる工事利益金九十万二千九百三十四円を加えた金四百二十万九千三百三十円、以上のコンクリートとバラスの利益金合計五百八十一万四千二百六十二円の得べかりし利益を失い、同額の損害を蒙つた次第である。

五、よつて右金員とこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和三十年二月八日から支払済まで年五分の割合による金員の支払を求める。

六、被告の答弁事実第五項中、被告がその主張のような義務を米国に対し負つていること及び昭和二十七年十月二十五日駐留軍より本件土地を飛行場用地として提供するよう要請を受けたことは認めるが、被告が訴外人等から本件土地の梗用権の設定を受けた事実は不知、被告がその主張の頃訴外人等から本件土地を買受けその主張の頃所有権移転登記を了した事実は認める。

被告の答弁

一、請求原因第一項中、本件土地をもと旧陸軍が計根別第四飛行場として使用していたこと、その主張の頃訴外人等がそれぞれ国から開拓地として譲受けたこと、右地上に飛行機滑走路があること、滑走路はコンクリート及びバラスをもつて築造されており、本件土地上に存する滑走路部分のコンクリート総量が千五百五立坪、バラスの総量が二千七百三十七立坪であることはいずれも認めるが、訴外人等と佐々木間、佐々木と原告間の各売買の事実は不知原告がその主張のような所有権を取得し、引渡を受けたとの点は争う。

二、同第二項中、原告主張の頃日本駐留米軍が本件滑走路に着陸しこれを使用したこと、何びとかが本件滑走路の一部を剥離していたこと、米軍が原告主張の頃右剥離作業を阻止した上剥離個処を補修し、被告が原告主張の頃米軍に対し本件土地を飛行場滑走路として使用することを承認し使用させてきたことはいずれも認めるが、その余の事実は知らない。

三、同第三項は争う。本件滑走路は本件土地の構成物件で、本件土地の一部であるから、土地から分離されない間は独立して物権の客体たりえないものである。従つて、原告はその主張のような売買により、結局滑走路を構成するコンクリート等を剥離搬出し得る債権を訴外人等に対し取得したにすぎない。

四、同第四項の事実は知らない。

五、被告は米国に対し安全保障条約及びこれに基く行政協定により同条約第一条の目由遂行に必要な施設及び区域の提供義務を負つているものであるところ、昭和二十七年十月二十五日駐留米軍より本件土地を飛行場用地として提供するよう要請を受けたので、同年同月二十六日係官を現地に派遣し、本件土地の所有者たる訴外人等と接渉した結果その頃訴外人等から各所有部分につきこれを被告において滑走路として米軍に使用させてもよい旨の使用権の設定を受けたので、同年十一月十三日米軍に対し滑走路としての使用を承認したものである。このように、被告が本件滑走路を米軍に使用させるについては、予め所有者たる訴外人等から本件土地の使用権の設定を受け、正当な権原を得た上でこれをなしたもので、その後更に被告は昭和二十八年三月三十一日右訴外人等から本件土地を買受けて所有権を取得し、同年四月二十二日所有権移転登記を了し今日に至つている。従つて仮に、被告が右使用権取得当時、原告が既に本件滑走路につき前記のような債権を有するものなることを知つていたとしても、単にかかる事実のみでは被告の使用権取得行為が原告の債権侵害となることはなく、被告は適法に取得した使用権に基き本件土地を米軍に使用させた次第であるから、被告の行為はなんら違法ではない。

六、仮に、被告に損害賠償の責任があるとしても、原告主張の損害は、いわゆる特別事情による損害であり、しかも被告は本件土地使用権の取得当時、原告主張のような原告と訴外山本商事株式会社間の売買契約については全く知らずかつこれを予見することもできなかつたから被告には右損害の賠償義務はない。

七、仮に、右主張が理由がないとしても、原告の蒙つた損害額は金八十五万九千二百三十二円七十三銭を超えない。

第三立証<省略>

理由

本件土地はもと旧陸軍が計根別第四飛行場として使用していたもので、昭和二十三年頃訴外人等が別紙目録記載の各部分を開拓地としてそれぞれ国から譲受けた事実及び右地上には飛行機滑走路が存在し、それがコンクリート及びバラス(砂及び砂利)をもつて築造されている事実はいずれも当事者間に争がない。しかして、証人佐々木直次郎の証言により成立を認める甲第二号証の一ないし四、同第三号証、同第六号証、証人山本幸造の証言により成立を認める甲第四号証の一、証人車谷五郎の証言により成立を認める甲第九号証の二、証人石川光雄の証言により成立を認める乙第一号証の一、証人渡辺武二の証言により成立を認める乙第一号証の二、証人亀井武の証言により成立を認める乙第一号証の三、証人斎藤定雄の証言により成立を推認しうる乙第一号証の四、証人佐藤金治郎の証言により成立を認める乙第一号証の五に証人佐々木直次郎、同佐藤金次郎、同亀井武、同石川光雄、同渡辺武二、同清尾武男、同車谷五郎、同中浜長造、同伊藤昇、同山本幸造、同斎藤定雄の各証言を総合すると、訴外人等は昭和二十七年八月二十四日本件土地の各所有部分を農地として開墾するためその地上に存する滑走路を取除く必要上、右地上の各滑走路を、相沢重三郎、亀井武、渡辺武二の各所有部分については昭和三十年八月末日限り、佐藤金治郎、石川光雄の各所有部分については昭和二十九年八月迄に剥離搬出するとの約でそれぞれ訴外佐々木直次郎に売渡し、更に原告が昭和二十七年八月二十九日佐々木から、同人において取得した右滑走路に対する権利を譲受け、右権利譲渡につき訴外人等の口頭の承諾を得た。そして原告は同年九月十日セメント、バラス等の販売を業とする訴外山本商事株式会社に対し、本件滑走路を剥離して得られるコンクリート及びバラス全部を代金一立坪につきコンクリート金三千円、バラス金四千円、引渡場所西春別駅土場の約売渡し同年九月二日から剥離作業にとりかかつたところ、同月四日頃及び翌十月十七日頃日本駐留米軍の軍用機が原告において作業中の本件滑走路に着陸し、同月二十六日には実力で原告の剥離作業を阻止し、剥離個処の補修を始めたため、原告の右作業は続行不能に帰した。一方、被告は同月二十五日頃駐留米軍から本件土地を含む旧陸軍計根別第四飛行場を米軍の飛行場用地として提供するよう要請を受けたので、直ちに係官を現地に派遣し、訴外人等を含む土地所有者と接渉した結果、同月二十六日頃訴外人等から各所有部分につきこれを被告において飛行場滑走路として米軍に使用させても異議ない旨の承諾を得た、との各事実を認めることができる。しかして、被告が同年十一月十三日米軍に対し本件土地を飛行場滑走路として使用することを承認し、使用させてきたこと及び被告が昭和二十八年三月三十一日訴外人等から本件土地を買受け、同年四月二十二日所有権移転登記を了したことはいずれも当事者間に争ない事実である。

原告は本件滑走路につき取得した動産としての所有権を被告の行為により不法に侵害されたと主張し、被告は原告が取得した権利の性質を争いかつ被告に不法行為責任がない旨主張するので判断する。

まず原告が本件滑走路につきいかなる権利を取得したかを考えてみると本件滑走路は本件土地に附着しかつ継続的に附着せしめられた状態で使用されることをもつてその取引上の性質とするものであるから、本件土地の定着物と解するのが相当である。原告は、旧陸軍解体後本件滑走路は本件土地開墾の障害物として除去の対象となつたからもはや土地に附着されたまま使用される性質を失つたと主張するが、滑走路としての客観的性質構造自体に変化のない以上単に軍用飛行場として不用に帰し除去の対象となつたというだけではいまだ継続的に土地に附着せしめられた状態で使用される性質を失つたものということはできない。なお仮に原告主張のように本件滑走路が右の性質を失つたものとしても、本件滑走路が現に土地に附着されている以上そのままの状態で直ちに独立の動産性を取得するものでないことはもちろんである。このように本件滑走路は土地の定着物として不動産であるが、前掲甲第二号証の一ないし四佐々木直次郎、佐藤金治郎、亀井武、石川光雄、渡辺武二の各証言を合せ考えると、訴外人等及び訴外佐々木は本件滑走路の売買契約により土地から独立した本件滑走路の所有権をも訴外人等から佐々木に移転させる意思であつたことが推認されるので、本件滑走路に対し独立の不動産所有権の存在を肯認しうるかにつき更に考えてみると、およそ物権が個々の独立した物についてのみ成立するとされるゆえんは、物の一部または構成部分につき別個の物権の成立を許すと、物の支配関係が複雑となるばかりでなくこれを一般第三者に知らしめることが困難であるため、一般取引の安定を害することとなるからである。従つて、物の独立注は結局その物か現行法律制度上及び一般取引通念上いかに取扱われているかを基準にして決定されるべきものであるが、土地の定着物としての飛行場滑走路は、同様定着物たる建物、立木などと異り、現行法律制度上はもちろん、一般取引上も、一般に土地から独立した取引の目的物として取扱われているものとは考えられないから、独立の不動産ということはできず、又たとえ前記認定のように売買当事者間に本件滑走路につき土地とは別個に物権的処分をなす意思があつたとしても、独立の不動産性を取得するによしないのである。以上のように、本件滑走路は結局本件土地の一部として土地の所有権に包含され、独立の所有権の客体たりえないから、前記売買契約により訴外佐々木は訴外人等に対し、それぞれ訴外人等の各所有地上の滑走路を剥離搬出し得る債権を取得したにすぎず、従つて又、原告において右佐々木から取得した権利も訴外人等に対する右債権であるにすぎぬものといわねばならない。

そこで被告の不法行為責任の有無につき考えてみる。被告は前記認定のように昭和二十七年十月二十六日頃訴外人等から本件土地の各所有部分につきこれを被告において飛行場滑走路として米軍に使用させても異議ない旨の承諾を得たが、更に前顕甲第九号証の二、乙第一号証の一ないし五、証人斎藤定雄、佐々木直次郎佐藤金次郎、亀井武、石川光雄、渡辺武二、清尾武男、車谷五郎中浜長造、伊藤昇の各証言に本件口頭弁論の全趣旨を合せ考えると、右土地使用の約定には使用料及び期間の定めがないこと、訴外人等は右承諾とともに被告に対し本件土地の引渡を了したこと及び被告の係官と訴外人等との右接渉の際、原告及び佐々木も同席し、席上原告が既に本件滑走路を買受け剥離運搬に着手した事実が明らかにされ、従つて係官もその際右事実を了知したことが認められる。証人斎藤定雄の証言中右の認定に反する部分は措信できない。

右事実によれば、訴外人等と被告との間には前記同日本件土地につきこれを被告において飛行場滑走路として米軍に使用させうることを内容とする使用貸借契約が有効に成立し、被告は右内容の使用権を取得したものと考えられる。しかして原告は、被告において原告が既に本件滑走路につき前記債権を有する事実を知りながら、本件土地を米軍に使用させたことが原告の債権の侵害となる旨主張するが、被告は、本件土地に関し取得した前記内容の使用権にもとずき米軍に本件土地の使用を承認したのであるから、右使用承認の行為自体はなんら違法でなく、又、被告において訴外人等から使用権の設定を受けた行為も、被告が当時本件滑走路につき既に原告が前記債権を有する事実を了知していたことは前記認定のとおりであるが、右行為がもつぱら原告の債権を害することを目的としてなされたというものではなく、前記認定のような必要から正当になされたものである以上、その結果原告の権利の実行が不可能になつても、これをもつて被告に債権侵害の責任を帰するわけにはゆかないのである。しかして又、被告が昭和二十八年四月二十二日本件土地の対抗力ある所有権を取得したことは、前記のとおり当事者間に争ない事実であるから、被告の同日以降の米軍に対する使用承認の事実についても、同様被告に不法行為の責任を帰しえないことは明らかである。

よつて爾余の点につき判断を加えるまでもなく原告の本訴請求は理由がないこと明らかであるからこれを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 橋本金弥 有重保 桜井敏雄)

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